WORKS

生き続ける「個人」は存在するのか

2025.05.04 HAE, 髙﨑太介(e/s Production)

ヒトゲノム計画が2000年に完了し、DNA情報が超機密化し始める約半世紀前、実在の人物の名を冠したがん細胞が世界で初めてヒト培養株として樹立されました。Henrietta Lacks氏に由来するHeLa細胞は、以降、ポリオワクチンの開発など数多くの研究に貢献し、数万以上の論文につながり、現在も利用され続けています。

一方で、2013年、HeLa細胞のゲノム配列が無断公開された問題を受け、NIH(米国立衛生研究所)は遺族との合意でデータアクセスを制限しました。HeLa細胞の諸問題は、「技術が倫理を追い越した時代」の縮図です。GDPR(欧州連合一般データ保護規則)や各国のバイオバンク規制は、この反省から生まれたものです。

しかし先陣を切るGDPRもデータの保護に焦点を置き(GDPR 第9条)、細胞や組織そのものの所有権を規定していません。培養においては未だ課題が残っています。

福原のがん細胞を研究室を跨いで移設しようとすることで直面する課題は、HeLa細胞の問題に対する反省が乗り越えられなかったこと――細胞は個人の一部なのか、研究のための共有資源なのか――を合わせ鏡のように映し出し、私たちに様々な問いを投げかけます。